一般財団法人 京都国際文化協会(Kyoto Intemational Cultural Association)
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「素敵な出会い―音楽の交流を通じて」
李美香 (韓国)

1.プロローグ
  ここ京都に住み始めて2年の歳月があっという間に過ぎ去った。京都は、どこを歩いても、ユネスコに登録されている世界文化遺産や重要文化財に出会うことができる日本の古都である。こうした雰囲気の京都は、生まれ故郷の韓国・慶州の雰囲気にとてもよく似ていて、わたしのこころのふるさとである。この2年間、伝統文化が生きている京都のお寺や神社の年中行事や祇園祭・時代祭に代表される日本のお祭りに出かけたり、能楽や狂言などの日本の伝統芸能を観賞するのに大変忙しかったけれど、とても充実した留学生活であった。
  韓国の音大の大学院で音楽理論を専攻したわたしは、日本語能力が向上するにつれて、日本の学校で伝統音楽教育がどのように行われているのか、韓国の音楽教育との違いは何だろうかと、次第に韓日の音楽教育の「比較」に興味を持つようになった。伝統文化を大切に守っている日本だから、きっと学校の伝統音楽教育も韓国よりも進んでいると思っていた。でも、実際に日本の音楽教育の現場を体験してみると、自分が思い描いていた状況とは違っていた。「日本の学校ではどうして自分の国の伝統音楽教育を軽視しているのだろうか」と自分に問いかける日々が続いた。こうしたわたしの問いかけは、伝統音楽に興味のない人からは、伝統音楽擁護主義者、自国文化優越主義者と言われるかも知れない。伝統音楽へのわたしのこだわりは、韓国でもすぐれた伝統音楽が西洋音楽の普及に追われて停滞した時期が続き、学校で伝統音楽教育に力を入れるようになったのは比較的最近のことであるという自国の経験もあって、日本の西欧音楽中心の音楽教育の実情に不安を覚えたのかもしれない。
  このエッセイでは、伝統音楽に対するこのようなわたしの思いを出発点として、これまで日本の学校現場で実際に見聞きした体験を中心に、国際化時代の音楽教育のあり方についてわたしなりに考えてみたい。どのようにすれば学校現場で、伝統音楽と西欧音楽の調和のとれた教育を行うことができるのか、これがわたしの問題意識である。

2.西京極小学校の想い出
  京都西京極小学校の生徒たちとの出会いのきっかけは、わたしが龍谷大学の大学院に入学して、受講した「教育論研究」の担当教授の村田先生から与えていただいた。日本の学校の教育現場を直接見学して、日本の伝統音楽教育の実情を知りたいというわたしの願いを親切に聞いてくださり、西京極小学校への訪問が実現した。連れて行ってくださる村田先生にどうしても感謝の気持ちを伝えたかったわたしは、先生には内緒で、自分の背丈と同じぐらいある韓国の伝統楽器「カヤグム」を持っていくことを決心した。事前に先生にお話しなかったことを気にかけながら、生徒たちが韓国の楽器を見てどういう反応を見せてくれるかという期待の気持ちもあって、心境は複雑であった。
  わたしたちが訪問した西京極小学校は、京都市内でも最も音楽教育に熱心な学校で、一目見ただけで暖かい人柄のわかるふくよかな感じの校長先生が、あたたかく歓迎してくださった。その校長先生にお会いした瞬間、わたしは小学生のころの童心に戻っていた。    
  学校で最初に案内されたのは、3年1組の音楽の授業だった。そこでは、3年生になって習い始めるリコーダーの実習授業が行われていた。生徒たちは、先生の懇切丁寧な指導に従いながら、始めて吹くリコーダーの練習に熱中しながらも、突然の異邦人の訪問者を観察する子供たちの視線を強く感じて、少し恥ずかしかった。かれらの視線は、特にわたしが抱えている「カヤグム」に注がれていたので、その瞬間「カヤグム」のせいで授業の邪魔をしたのではないかとすごく心配したが、リコーダーの練習が終わると、生徒たちの前で「カヤグム」を紹介してほしいと言われたので、ほっとした。
  「カヤグム」の紹介で、最初に「これは日本のお琴に似ている韓国の伝統楽器です」と説明した。みんなが「お琴」を知っていると思い込んで、そう説明したのですが、残念なことに、生徒たちは「お琴」がどういう楽器か知らなかった。見たこともないという生徒がほとんどだった。「カヤグム」につづいて、韓国で、リコーダーと一緒に習い始める伝統管楽器「ダンソ」を紹介した。この楽器の説明で、「日本にもこれと似ている縦笛があるのを知っていますか」と聞いてみると、誰も返事がなかった。3年生の生徒だからちょっと無理かなと思いながら、韓国の3年生の場合を考えてみた。小学3年生のいとこの場合、「カヤグム」、「ダンソ」、「チャンゴ」、「ブク」など伝統楽器をいくつか知っている気がしたけれど、状況は調べてみないとわからない。これは後で調べてみることにして、次の4年生の教室に、歌唱授業を参観するために移動した。
  4年生の教室に入ると、一つしか歳の差がないのに、異邦人のわたしを迎える態度が3年生とはまったく違う感じがしたのと、みんながあまりおとなしすぎるのに驚かされた。「さくらさくら」という有名な歌を日本の伝統楽器「琴」の伴奏で合唱する音楽の授業を参観した。やはり予想したとおりに、日本の伝統音楽の教育は進んでいると思って、担当の先生に聞くと、意外な返事が返ってきた。担当の先生は、「琴は今日演奏してくれた他クラスの先生のもので、学校のものではない。もし琴を演奏ができる先生がいないと、生徒たちは実際に琴を見たり、琴の演奏を聴かないまま卒業するかもしれない」と深刻な表情で話していた。琴の演奏が終わって、日本と韓国の伝統楽器である「琴」と「カヤグム」を前にして、生徒たちが「弦はいくつ」、「どうやって弾くの」、「弦の調節はどうやるの」と好奇心旺盛に熱心に聞いていたのが印象的であった。また、忘れられない思い出として、最後にクラスの生徒たちが、韓国の国花である「ムグンファ」の歌を心を込めて歌ってくれた。「外国に行くとみんな愛国者になる」とよく言われるが、生徒たちの心のこもった祖国の歌を聴くうちに胸に熱いものが込み上げてきて、わたしもそう実感せずにはいられなかった。こうして、わたしの西京極小学校への訪問は、先生と生徒たちへの感謝の気持ちでいっぱいのすばらしい一日になった。
  この訪問から2ヵ月たって、今度は4年生を対象に韓国の音楽を紹介してほしいと、思いもかけず直接依頼を受けることになり、2回目の訪問が実現した。まだ日本語能力は不充分だったけれど、音楽に国境がなく、2時間ほどお互いに有益な交流をすることができた。 韓国の伝統衣装「チマ・チョゴリ」を着ていったので、日本伝統衣装の「着物」と比べながら、「たび」、「ぞうり」、「おび」などについていろいろと教えてもらった。生徒たちに、「日本の伝統楽器にはどういうものがありますか」。「伝統音楽のコンサートを聴きに行ったことがありますか」と聞いてみると、みんな静かになってしまう。韓国では、小学校3年生から西洋楽器の「リコーダー」と同時に韓国の伝統笛「ダンソ」を教えているので、みんな上手に吹くことができる。わたしも、「ダンソ」は一応吹けるけれど、小学校のころに「ダンソ」の吹き方を教えてもらっていないので、小学生よりも上手に吹けないのが、少し恥ずかしい。

3.日本の伝統音楽教育の障害
  日本の伝統音楽教育について小学校の先生方と話し合ってみて、小学校で伝統音楽教育を実践しにくい問題点がいくつかわかってきた。まず第一に、文部省の予算不足のために、各小学校に値段の高い「琴」、「尺八」「和太鼓」などの伝統楽器を配分することができないという問題である。予算の問題よりも、伝統音楽教育に対する文部省の認識不足の方がより深刻な問題であるかもしれない。韓国の場合、伝統音楽の教育に必要なソフトウェアを政府の支援の下に開発して各小学校に配布し、伝統音楽の教育に応用できるようにしている。そして、各小学校に備えられているパソコンのインターネットを利用した音楽の授業も行われている。また、教育課程に入れられている伝統楽器は、学校の予算で購入し、授業で実習できるようにしている。2000年の第7次教科改正により、小学校の音楽教育における西洋音楽と伝統音楽の比率が7対3であったのが5対5の比率に変わり、伝統音楽教育の比率が高まっている。日本の場合も、今年から中学校の教育課程に伝統楽器を取り入れことが期待されているが、まだ小学校の教育課程にまで及んでいない。また、伝統楽器に関して小学校の練習用の楽器を安価で売っていないという問題もある。比較的楽器が安くなれば、各学校の予算で購入することができ、生徒たちが楽器を練習できるようになるが、日本の場合、最高の商品でないと外に出せないといった日本の職人気質のようなものが障害になっているように思う。実は私も、「琴」を習いたくなって楽器屋さんに行ったことがある。練習用を求めたが売ってなく、店にある「琴」の値段を聞いて買うのを諦め、「琴」に接することができなかった悔しい思い出がある。
  第二に考えられるのは、伝統音楽に理解のある先生または実際に演奏できる先生の数が少ないという問題である。韓国では、1988年のソウル・オリンピクを契機に、韓国の伝統文化、特に伝統音楽に国民の関心が集まるようになった。大学に、次々と伝統音楽学科が新設され、また2000年の第7次教育課程改正の施行とともに、大学で音楽を専攻した優秀な人材が各小学校に派遣され、高いレベルの音楽教育を実践できるようになった。これに対して、日本では、音楽大学などで「伝統音楽科」は開設されていないし、伝統音楽の保存と継承は、私立学校や個人レッスンのレベルで行われているにすぎない。市立の芸術音楽高校もあるが、すべて西洋音楽中心の教育にとどまっている。テレビで三味線を弾く若者を見たことがあるが、通常の野外演奏会に出演しているのは中年過ぎのおじさん、おばさんばかりで、日本の伝統楽器は年輩の人たちが弾くものと思いこんだこともあった。

4.日本の音楽教育の特徴
  日本の伝統音楽教育の状況に愕然としたわたしは、もっと正確な事情と全体的な音楽教育の実態を調べるために、小学校の全学年の音楽教科書について分析することにした。教科書は、校長先生からいただいたもので、平成11年2月に東京書籍から発行された改訂版である。わたしの関心は、小学校の音楽教科書に伝統音楽がどの程度入っているかという点にあったので、外国の曲と日本の曲に分類して分析するようにした。
  1年生の音楽教科書の場合、わらべ歌が3曲、文部省唱歌が2曲、日本作曲家の歌が11曲、それ以外にはいろいろな国の民謡や童謡という構成になっている。最初に習う楽器はカスタネットで、次は、鍵盤ハーモニカ、ハ-モニカ、すず、タンブリン、西洋の大太鼓、小太鼓という順序になっている。一方、韓国では、1・2年生の音楽教科書はなく、総合的な教科書になっている。韓国作曲家の曲が6つ、伝来童謡が5曲、伝来歌詞に曲を付けた曲が1つ、アメリカ民謡に歌詞を付けたものが1曲という構成になっている。最初に登場する楽器は、チャンゴ、ブク、ケンガリ、ソゴ、テピョンソ、ジンなどが紹介されている。
  2年生になると、1年生に習った楽器を応用しながら楽しむことが多い。新しく登場する楽器は、木琴と鉄琴、トライアングルである。日本人作曲家の曲が14曲、文部省唱歌が3曲、外国の民謡という構成になっている。教科書では、三味線、尺八、太鼓、小太鼓、琴、笛の絵が掲載されているが、楽器について紹介されていない。韓国の場合、1年生の時の伝統楽器を実際に演奏し、その曲は、農謡、伝来童謡、外国民謡などが中心になっている。
  3年生になると、リコーダーを習い始める。そして、バイオリン、フルート、トランペットなどが紹介されている。1年生では、打楽器を中心に習うが、3年生に入ってからは旋律楽器であるリコーダーが楽器練習の中心になっていく。
  4年生では、声楽とリコーダーを深く練習していく。ここで始めて指揮について習う。チェロ、ピアノ、ホルン、オーボエの紹介とともに、曲の感想が入っている。わらべ歌が1つ、沖縄民謡が1つ、日本古歌が2つ、文部省唱歌が2つ、それ以外は外国曲という構成になっている。韓国の4年生の場合、具体的な民謡の長短やリズムを習い始める。チャンゴ、ブク、ケンガリ、ジンの4つの打楽器に構成されている「ササムルノリ」の基本長短を身につけ、演奏できるように教えている。また、西洋楽器と伝統楽器を同時に紹介し、比較できるように構成されている。低学年よりだんだん西洋楽器や歌の曲数が増えていく。
  5年生の教科書には日本のいろいろな地方の音楽が紹介されている。富山県地方民謡に使う「こきりこ」のリズムが出ている。日本の民謡を基にして作曲された「管弦楽のための挽き歌」が掲載されている。韓国では民謡だけではなく、伝統声楽のジャンルである「シゾ」の感想と各種の伝統弦楽曲の紹介がみられる。また伝統縦笛「ダンソ」を昔の楽譜で習う。
  6年生の教科書では、手話をしながら歌う音楽が非常に印象深く、感心させられた。音楽教育の場で、先進国らしく、身体障害者に対する思いやりと配慮に胸が熱くなった。このような配慮を韓国もぜひ見習ってほしいと強く感じた。13ページには、日本和太鼓の音楽、ブラジルのサンバ、フィリピンのトガトン、韓国のサムルノリが紹介されている。日本の笙の紹介もある。それから32ページには、アジアの歌というテーマで、モンゴル、中国、韓国、フィリピン、ベトナム、インド、インドネシアの歌が紹介されている。34ページには、うれしいことには、生徒たちの前で演奏した「カヤグム」の演奏写真が掲載され、また、イギリス、ロシア、アフリカ、南アメリカ、メキシコなどの音楽と歌、楽器がひとつずつ写真とともに掲載されている。そして、次のページには、日本の伝統楽器「琴」と「尺八」の簡単な説明と感想が紹介され、また、韓国民謡「アリラン」の簡単な解説とともに楽譜が掲載されていて、大変嬉しかった。
以上のように、日本の小学校の音楽教科書は、全体的に見ると西洋音楽が中心になっている。世界のいろんな国の音楽がわかりやすく紹介されており、国際化時代の音楽教育の側面からは高く評価することができる。しかし、最初に手にする打楽器や3年生から習い始める旋律楽器が西洋楽器で、伝統楽器を練習したり、伝統楽器を手にする機会はなさそうに見える。つまり日本の伝統音楽の教育が十分になされていない感じがする。6年生になって、ようやく「琴」や「尺八」・「笙」についての簡単な説明があるが、それだけでは、不充分であると思われる。わたしが小学生のころの韓国では、西洋文明・文化第一主義の風潮が蔓延し、伝統文化、特に伝統音楽は、日本の殖民地時代の「キセン」が持つ卑賎な音楽と認識され、無視される傾向が強かった。こうした風潮に反発して、わたしは大学に入学したら伝統音楽を専攻しようと決意したが、周囲の反対で挫折してしまった苦い経験がある。わたしの周囲の反応に代表されるように、韓国においても、伝統音楽に対する認識が足りなかった時代があったのである。しかし、1980年代の民主化運動、国際大会の開催、90年代の伝統声楽をテーマにした「ソフォンゼ」が観覧新記録を達成し、伝統音楽が一躍注目を浴びるようになった。それ以降、伝統音楽の旋律を取り入れて創作された多様なジャンルの音楽が次々と発表され、伝統音楽は地味であるといった市民の一般的イメージは一変してしまった。あの韓日共同開催のワールドカップの応援で韓国選手を元気付けたものは、伝統楽器の「ソゴ」であったのである。

5.エピローグ
  日本の音楽教育は、ここで紹介した小学校の音楽教科書のように、西欧音楽が中心になっている。その結果、ピアノ、ヴァイオリンなどの部門では、世界的に活躍する音楽家を数多く送り出すような成果を上げている。しかし、その反面、琴、尺八、箏、笛、和太鼓などの日本の伝統音楽の教育は、最近まで軽視されてきた。その意味で、日本の音楽教育の課題は、これまでの西欧音楽中心の教育と日本の伝統音楽の教育とのバランスをとることにあると思われる。世界的に知られる日本の作曲家武満徹は、「ノベンバー・ステップス」という曲で、西欧の管弦楽の響きと日本の伝統楽器「尺八」と「琵琶」の響きとを調和させ、幽玄な響きを創出している。この曲のように、国際化時代の教育は、異文化への理解・思いやり、異文化間の融合・調和をめざすものであり、特に音楽の教員にはそのような資質をもった人材が求められている。
  日本の教育現場では、伝統音楽の楽器を演奏できる教員が不足していたり、生徒が実習に使用する伝統楽器が十分に整備されていないといった課題とともに、西欧音楽教育と伝統音楽教育とのバランスをどのようにすれば教育課程の中で実現できるのかという問題が残されている。今後、音楽教育を通じて、西欧音楽の響きと琴、尺八、琵琶などの伝統的な日本の響きとを融合、調和させるような音楽が創出され、武満徹のような音楽家が数多く誕生することを期待したいと思う。
  最後に、サッカーのワールドカップの共同開催をきっかけに、日本の伝統音楽である雅楽の演奏家と韓国の伝統音楽の演奏家によるジョイント・コンサートがプサンや東京などの各地で開催され、ようやく韓日の伝統音楽の交流が盛んになりつつある。また、最近では、韓日の学校間での音楽の相互交流もみられるようになってきている。将来のわたしの夢は、このような韓日の音楽交流の掛け橋となって、韓国と日本の学生たちがそれぞれの伝統楽器を持ちよって共同演奏会を全国各地で開催する手助けをすることである。言葉はお互いに通じなくても、音楽に国境はないと言われるように、音楽の国際交流を通じてお互いを思いやり、尊敬し合う気持ちがはぐくまれ、韓国と日本の学生たちの間にすばらしい友情が築かれるものと確信している。



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