一般財団法人 京都国際文化協会(Kyoto Intemational Cultural Association)
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「チームワークの心」
劉カン(中国)

 「日本はどんな国ですか?」突然こんなふうに聞かれたら、あなたはどう答えますか?日本に来る前の私なら迷わずこう答えたでしょう。―「日本は我が国中国と一衣帯水の国でありながら、科学技術が発達している国です。」その理由は恐らくとてもシンプルです。中学生の頃から私の家のテレビやオーディオなどの電気製品は全部ソニー製で、生活の中には科学技術の発展した日本があったからです。日本の技術に夢中になった私はいつか日本に旅行してみたいと思うようになりました。やがてその夢は日本への留学という形に変わっていきました。私の父は日中貿易の仕事をしているため息子の私を日本に留学させてもよいという考えがありました。そしてついに日本の土を踏むことになりました。高校の歴史の授業で日本は明治維新以降教育に力を入れており、教育が発達していると習っていたので、安心して日本に渡りました。
  日本語学校に入り一年間の日本語教育が始まりました。日本語学校では珍しく中国人留学生は私一人なので来日当初は友達も少なく毎日勉強以外の時間はほとんどテレビを見て時間をつぶしました。日本語を習うのは日本に来てからでしたが、三ヶ月も経つと日本語がだんだん分かってきて、見る番組もグルメ番組からお笑い番組やニュース番組に切り替えました。「エンタの神様」や「ダウンタウンDX」は毎週必見の番組となって、そうこうするうちに標準語だけでなく関西弁も徐々に分かってきました。この時「日本はどんな国ですか?」と聞かれたら、私はテレビ番組がおもろい国ですと答えたかもしれません。
  さて、いつものようにニュースを見ていると、ある時期から「ゆとりきょういく」という言葉をよく耳にするようになりました。聞いたことのない言葉で意味がよく分かりません。百科事典や新聞で調べると、ゆとり教育とは学習者が知識の詰め込みによる焦燥感を感じないよう、自身の多様な能力を伸張させることを目指す教育理念のことでした。一見理想的な考え方ですが、現時点では色々な問題が出ているようです。中国でも似たようなことが起きていたので私は大変興味を覚えました。中国では、私が高校受験の直前に教育制度が変わり、試験問題がかなり簡単になり、その後の高校教育も易しくなり、厳しいはずの高校生活も予想外に楽な思いをしました。しかし大学受験のレベルは教育制度と違って以前と変わりませんでした。試験があまりにも難しくて私がいた受験会場では泣き出した学生も多数いました。私たちは知らず知らずの内に教育革新の犠牲者となりました。私が日本の教育制度に関心を持ちもっと知りたいと思うのはこの自らの経験のせいです。それから毎日ニュースを見て、ゆとり教育が学力低下につながり社会問題になっていることを知りました。
  とはいうものの、やはり私の心の中の日本は環境が美しくて、明るく輝く先端技術の国でした。しかし、私の心を大きく震わせたニュースがあります。
  「小学生がいじめられて自殺しました。」
  このニュースを聞いた途端日本のイメージにひびが入りました。今まで私が憧れてきた日本の教育、アジアで一番進んでいる国と言われる日本の教育は一体何ですか?裏切られたような気持ち、騙されたような感覚、このまま日本に留学していて良いのかという疑問が一気にあふれてきて、冷静に考えることさえ出来ませんでした。日本に来る前や来たばかりの頃の、日本への迷いのない信頼の気持ちがなくなって、残っていたのはただの消沈だけでした。この時「日本はどんな国ですか?」と聞かれたら、よくわからなくなりましたと答えたと思います。
  それからも毎日のテレビニュースには必ずいじめ問題の話題が出てきて、一般人から国会議員まで討論に参加し、色々な意見が出てきました。ここまで討論が拡大してきたので私もいじめの原因を考えてみました。報道によると、いじめる子供は色々な事でストレスをためて最後爆発するみたいに他の子供をいじめる、それによってストレスを解消しようとします。そして自分がいじめられないようにいじめる子供に協力する子供も多数いるとのことです。これは皆の目的を果たすためのよい連携ではなく悪質な連携です。私にとってこれはまさかのチームワークでした。なぜいじめを止める人がいなくて、逆に手伝う人がいるのでしょう。私の中学校や高校では、もしいじめが起こったら必ず止める人が出てきます。そして皆もその人を手伝っていじめを止めさせます。ただ格好付けるためにいじめを止めさせるのではなく、正義のためと言っても過言ではないと思います。たとえかっこつけるために止めたとしても悪くないでしょう。
  日本の治安はかなり良いのですが、なぜ正義を持っている子供が出てこないのでしょう。正義感を持っている子供も必ずいると思いますが、行動に出ない理由は恐らく現代の日本社会に原因があったと思います。「正義は必ず勝つなんてアニメの世界にしか存在しない」と言う言葉が私の日本人の友達の口から出ました。彼はまだ高校生です。なぜそんな早く正義を見捨てたのでしょうか。確かに正義は必ず勝つとは限りませんが、皆が正義を信じてはじめて正義は勝つようになります。信じようとしない人々の周りに正義は存在しません。今は平和の時代、皆は平和な生活を送っています。この平和を保つために正義は必要です。日本には「武士道」という言葉があります。私の大好きな映画「ラストサムライ」にかつて英雄となったネイサン・オールグレン大尉(トム・クルーズ演じる)は勝本(渡辺謙演じる)に武士道精神を教えられ、金銭や地位などを捨て本当の正義を命がけで守ろうとしました。映画に出ている天皇が言った様に今の日本は「武士道」がどんどん忘れられています。もし武士道の気持ちがあったらいじめがなくなるのではないでしょうか。
  いじめ問題でもう一点私が驚いたのは、この問題がマスコミの報道だけでなく党首討論の内容にもなっていたことです。後でいじめられた子どもが次々に遺書を文部科学大臣にあてて書いて送ったことを知りました。国民全員が関心を示していたのはそのせいでしょう。ただ、このニュースに限らず日本ではマスコミが毎日報道するので同じニュースに関心を示す人が多いと思います。一方中国ではマスコミが他の新しいニュースに切り替えて報道する場合が多いので関心を持ち続ける人がどんどん少なくなります。党首討論みたいに国会で話すのも考えられないのです。しかし日本では大勢の人が関心を持ち、政府もさらに特別な対策を立てて事件の解決やこれからの予防策まで全面的に考えています。私は自殺ニュースに驚きましたが、もっと驚いたのはこの日本の対策と行動でした。素早く対策し、何も隠さず全面的に報道し、文部科学省や国会まで事態に関心を払うのもまた現実の日本でした。
  ニュースを見ているうちに、日本の国民の、この国を一歩でも完璧に近づけたい気持ちがよく分かってきました。一度迷ってしまった私でしたが、再び決意を決めました。日本は今まで思っていたほど完璧な国ではありません。しかし、私はまだ日本のことが良く分かっていません。中国では昔から「目で見たものは確実だが、耳で聞いたものは当てにならない(百聞は一見に如かず)」という諺があります。私は日本に来て「本当の日本」を見はじめていたのです。それなら本当の日本をもっと見てみたいと思ったのです。
  こうして一年後、本当の日本をこの目で確かめたい、この体で感じたいという新しい気持ちともともとの科学技術への憧れから、日本の大学の工学部に入学しました。大学は山梨大学という、建物からも巨大な富士山の姿を眺めることができる大学です。ここは都会ではないため物価は比較的安く、静かな町です。地元の人は自然を楽しみながら平凡な生活をおくっています。相変わらず教育に強い興味をもっている私は相変わらず毎日テレビを見ていました。日本の教育を受けながら世間の評論を聞くとだんだん日本の教育が分かってきた気がします。「大学でもゆとり教育の影響で学問が簡単になっているなぁ」と最初に思いましたが、ある事件から私の考えは変わりました。 大学三年前期のガイダンスでもらった成績通知書に私の単位はクラス一で成績もほぼ優でした。自分の努力よりはっきり感じたのは中国の基礎教育の威力でした。大学に入り微分積分など基礎知識をほぼ完璧に習ってきた私にとって日本の大学の基礎知識は楽でした。しかも、中国で受験戦争をくぐり抜けてきた私はテストについてもう既に試験のプロフェッショナルのようになっていたと言っても過言ではありません。もしかすると中国で勉強したほうが良さそうだと思いはじめた頃、三年生の必修の実験が始まりました。今まで通りに気楽に出来ると思いましたが、予想外に大変でした。周りの人がどんどん出来ていて私だけ出来ないケースが良くあり、内心焦っていました。私は自分がこんなに出来ないとは想像もしませんでした。最初は恥ずかしくて何とか自力で解決しようと思いましたが、どうしても時間がかかってしまうのです。ある日、私の実験はいつものようにあまり進んでおらず焦っていた時、クラスの友達が助けようかと声をかけてきました。「僕は自分でやっても出来る」と思ったのですが、わざわざ来てくれたので、友達の助けに乗ってみました。すると、奇跡のように短時間で実験が終わりました。それは全く予想外でした。友達は実験の進行の中で私がかなり自信を持っている部分に疑問を持ち、進め方について一緒にチェックしてくれました。すると私の間違いが見つかったのでした。「この実験の目的はもちろん今まで勉強してきた知識をもっと高めるためであるが最も大切なのは君らのチームワークを作るためであった。」先生の一言に驚きました。私は実験の目的も知らずに今まで何を勉強してきたのでしょう?夢の中の私はこの先生の一言で目覚めました。このとき私が出会ったのは「チームワーク」でした。ずっと時間を掛けて一人で頑張ってきた私はチームワークをはじめて体験しました。気分は最高でした。友達と一緒に実験すると自分が気づかない部分に相手が気づいてくれてミスが減ります。一緒に勉強すると相手をチェックし自分もチェックされて共に効率的に進めることができます。そして最も重要なのはお互いの友情もこの共同作業の間で深まっていてさらに仲良くなれることです。それ以来実験や勉強などは他の学生との共同作業が多くなってきて効率がどんどん上がり勉強も進み、親友も出来て一石三鳥の成果を得ました。
  私が今まで考えてきたのはすべてただどうやって問題を解くかということでした、そして他人の助けを求めずにただただ自力でやろうとする寂しい考えでした。中国でもチームワークという言葉を聴いたことがありますが、勉強に使おうとは思いもよりませんでした。そして何より先生たちも教えようとしませんでした。個人の能力を強調し、何でも個人で解決するべきだということが私の中国で受けた教育でした。ですから今まで一人で頑張ってきて、一生懸命自分の存在を証明したくて他人より何倍も多く努力しましたが、最も重要なことが分からないまま挫折しました。目覚めた私は日本の教育と中国の教育の決定的な違いを見つけました。それは人を学者として育てるだけでなく一人前の人間として育てることでした。中国で習った学問はすべて受験のためでした。もちろん将来仕事をする時に役に立ちますが、肝心な人間関係について何も教わりませんでした。それでは社会に出たらどうやって生きていくのかも分からないまま社会人になってしまうのではないでしょうか。一方日本では学問を徹底的にたたき込むことはしませんが学生間の絆やチームワークに力を入れて、将来立派な社会人を育てようとしています。確かにいじめ問題みたいに悪いチームワークも若干存在しますが、教育上教えられてきたのも社会で強調されてきたのもいいチームワークです。
教育は矛盾です。今あちこちで日本の若者の学力低下が問題視されています。学力低下は一見非常に危険な事態ですが、その裏に人と人の触れ合いや社会的ルールを強調し、人の学力ではなくチームワークを高めようとしているといえるのではないでしょうか。どうやってこの両刃の剣をうまく操るのかが世界的な大問題となっています。中国は学問を選びましたが日本はチームワークを選びました。学問を選んだ中国では今まで育って来た学者が大勢います。しかしノーベル賞を取った正真正銘の中国人は一人もいません。原因は恐らくチームワークにあります。一人の力は有限ですが皆の力を合わせれば無限になります。チームワークを知らない学者はいくら賢くても限度があります。チームワークで力を合わせればさらに素晴らしい発想や発見が得られるでしょう。日本には半導体におけるトンネル効果の発見をした江崎玲於奈やニュートリノの検出に対してパイオニア的貢献をした小柴昌俊などのノーベル受賞者がいました。そこには個人の高い能力が勿論あったのですが最も重要なのはチームワークでした。一方ただチームワークを強調し、個人の能力を失ったらいくら皆で考えても結局難問を突破できず進歩がありません。チームワークとは個人の力を合わせることです。個人の力を無くしたチームワークは人が無駄に多くて秩序がない渋谷駅前のスクランブル交差点と変わりません。
  日本に来る前の私がイメージした日本は理想郷でした。来日後いじめ問題にショックを受けた私にとって日本はぼんやりとはっきり見えない混乱の国になりました。それは全く蜃気楼を見ている感じでした。しかしじっと見つめていたらその蜃気楼の中から日本のありのままの姿が部分的に見えてきました。これから日本で大学生活を続ける中でもっとたくさんの日本の本当の姿を見つけて行きたいのです。あなたには日本がどう見えますか?私の見た日本はいろいろな問題を抱えながらもチームワークを大切にする新しいサムライでした。



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