一般財団法人 京都国際文化協会(Kyoto Intemational Cultural Association)
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「私の日本文化観 ―私の第二の故郷、日本の今―」
真砂・クリスチーナ・さゆり  (ブラジル)

二つの故郷 
  私はブラジル生まれの日系三世です。幼い頃から祖父母に日本の話を多く聞かされて育ちました。そんな私にとって、日本は憧れの国であり、第二の故郷でもあります。外国で暮らす他の多くの日系人にとっても、日本はそのようにとても大切な国なのではないかと思います。
  生まれ育った国だけではなくて、もうひとつの故郷があるということは、本来幸運なことであるはずです。しかしながら、私は、二つの国にまたがる自分自身のアイデンティティが捉えがたく、長い間悩みました。日本人の姿をして、日本人と同じ血が体に流れています。さらに、小さい頃は、ブラジルの言語であるポルトガル語よりも日本語の方が得意でした。それなのに日本人ではない、という事実に私は何度も苦しみました。この外見のために、そうして日本語で話が出来るために、ブラジルで外国人扱いされたこともあります。ところが、日本では逆に、姿は似ているのに外国人(ブラジル人)なのです。生まれ育った国に打ち解け切れない自分がいて、また先祖の国にも馴染めない自分がいました。いったい何者なのかが分かるまで随分と時間がかかりました。しかし、今は、日本人の特長を持ったブラジル人である自分が好きです。そうして視点を少し変えてみると、こんな素敵な故郷を二つも持っているのは、私にとっても幸運なことだと思えるのです。


来日時の落胆

  もし私が日本に来ることがなかったなら、日本への憧憬は憧憬のまま私の中で生き続けていたかもしれません。しかし、私は日本への留学の機会を得て、富山県の県費奨学生として日本で暮らし始めました。初めて日本へ来た時、私は大きなショックを受けました。それまで日本へ行ったことのある人達に、「あなたの思っているような所ではないよ」と言われていましたし、年月が経ち、祖父母が暮らしていた頃とは変わっているでしょうとも思いました。しかし、予想をはるかに超えて、祖父母から聞いて憧れていた国は、実際にはその面影しか残っていなかったのです。とても戸惑いました。変わっていると言っても、眼で見ることの出来る範囲だけではなく、もっと深い所が違っているような気がしました。
  例えば、ブラジルでお年寄りによく聞かされた日本人としての誇りとか、先祖への感謝の気持ちとか。もう日本ではその様なことを言うこと自体が時代遅れなのでしょうか。でも、少なくともブラジルへ移民した日本人はそれを守り、子孫へ伝えてきました。ですが、日本へ来てからはその誇りをどう持っていいのか良く解らなくなる時があります。
  祖父母や両親に、日本人として恥ずかしくない様に振る舞いなさい、と言われて育った私にとって寂しいことです。まず、自分の先祖や祖父母を尊敬し、自分より経験豊富なお年寄りを労わるべきだと教わりました。彼らがいるからこそ今の私達の生活があるのだから。そして、困っている人とか何か不自由な人がいたら助けるべきだとも教わりました。人間は一人で生きているわけではないのだから助け合っていかなければいけない。でも、助けて貰うのを待っているだけではいけない。負けないで、諦めないで最後まで頑張る。これは日本人として当たり前なことだと思って育ちました。私は、日本人としての誇りとは、人々を思いやり、頑張ることだとずっと思ってきましたが、今の日本の若い人達は、お年寄りを尊敬するどころか、粗末にしているようにさえ思えます。バスなどでよく見かける光景ですが、足腰が弱っている老人が乗って来ても、乗る時に手を差し伸べないだけではなく、席を譲ろうとする人もいません。多くの人が見て見ぬふりをしているように思います。そんなことはブラジルでは考えられません。誰かが必ず席を譲ります。お年寄りを蔑ろにする日本人の姿を目にして、日本への憧憬の中で育った私達は、何を誇りにすれば良いのでしょうか。


私の願い

  日本人の若い方達には周りにあるさまざまな物をもっと大切にして欲しいと思います。自分たちがどれ程素晴らしい所で暮らしているのか、どんなに立派な人達のおかげで今の生活が出来るのか、ということに気付いて欲しい。長い歴史の中で生まれ、磨かれ、伝えられて来た文化や芸術を守りながら日本人である誇りを次世代にも伝えて欲しい、と切に願います。
  日本人よりも多くの外国人の方達が日本の文化は素晴らしいと興味を示すのを見ると、本当に寂しくなります。琴や三味線の音色、日本舞踊や歌舞伎のその独特な動きと表現力、焼き物や彫り物の美しさなど、日本人が受け継ぐべき知識や技術、それはある意味日本人の宝であり、個性でもあると思います。しかし、今は、アメリカの流行やジャンクフード、ヨーロッパの技術とか、外にばかり目を向けているようにさえ思えます。もちろん他国に興味があるのは良いことですし、新しいものを取り入れ変化することが悪いとは思いません。でも、アイデンティティの無いまま、ただ他の文化や習慣、考え方を取り入れることが、同時に自分のあり方、素晴らしさを見失うことになってしまっては、とても残念です。
  ブラジルには、世界各国からの移民がいて、その文化や習慣が合わさって出来ています。そのような国と日本を同じに考えるのは無理かもしれません。しかし、日本が好きだからこそ、日本で長い年月の中で育ってきた習慣や文化や良い価値観は、決して無くならないで欲しいと思うのです。
  ブラジルの場合だと、さまざまな国の文化が混在しているのが特長であり、それがブラジルの個性だと思います。そんな社会の中で日本の習慣や文化は色濃く残っています。遠く離れた国で生活する日本移民、日系人達が、自分の故郷を忘れないために親から子へ、または祖父母から孫へと伝えてきたものだからです。もちろん形ある物だけではなく、考え方や志も伝えられて来ました。
  移民がもたらした故国の文化や言語は、それらがもたらされた当時の形や内容がそのままに、あるいは少し美化された形で残るのかもしれません。それは、新たな土地で人生を築いていった移民達の支えともなったことでしょう。しかし、移民達の故国は、時の流れと共に変化をしていきます。そこに住む人達にとっては、他国に赴いていった人達が守ってきた伝統や考え方は、ただ単に古い時代のものとしか映らないのかもしれません。ブラジルを訪れた或る日本人から、こんな言葉を聞いたことがあります。「こんなに遠く離れた所で戦前の日本を見るとは思わなかった。」 ブラジル人である私は、日本の文化の一部がブラジルの文化と成りつつあるという事実に感銘を受けます。しかし、ブラジルの文化となりつつある日本文化が、日本に暮らす日本人にとって、ただ単に古い時代のものであって自分達にとって無縁なものであると感じられるのなら、私の祖父母や父母の世代の日系人も私の世代の人々も、哀しさを感じずにはいられないでしょう。日本文化の素晴らしさを今一度共有するにはどうしたら良いのでしょうか。


日本の今を思う

  外国に暮らすということは、その国の文化や社会への個人の理解が、徐々に進化していく過程であるのかもしれません。来日時の落胆から始まった私の日本文化への思いは、もう少し客観的で、さらに肯定的なものへと変わってきました。
  まず、日本人の伝統的な価値観とか国民性が失われつつあるのではないかということは、私のようなブラジルの日系人だけではなく、日本人自身も問題にしていることに気付かされます。例えば、私がこのエッセイを書いている時に、「消えゆく勤勉さ」と題して、読売新聞社の世論調査における勤労観に関する結果が同新聞紙上で発表されました。(7月31日読売新聞12面)その発表によれば、「一生懸命に働くことは美徳だ」という考え方に「そう思う」と答えた人が71%に上ったものの、日本人の勤勉さが「これからも続く」と答えた人は35%であり、「続かない」と答えた人が61%に上ったそうです。1984年から今回までの調査で見られた両者の率の推移も掲載されていて、日本人の勤勉さが「続かない」との悲観的な見方が徐々に高まり、1990年代に「(勤勉さが)これからも続く」と答えた人の割合を上回るようになったことが分かります。どうしてこのような変化が起きているのか、また、こうした意識の変化は実際の勤労に関して何を意味するのか。社会の制度や構造や状況の変化にも思い及ぶ難しい問題ですが、日本社会の変化の只中に生きている日本人の姿を実感することができます。
  さらに、私は、日本に来てから、ブラジルとは随分違うということを肌で感じることが出来るようになり、日本の新たな魅力の発見を体験しています。日本には四季があって、春には桜、春から夏に向けて梅雨、秋には紅葉、そして冬には雪景色、という風に変化を見せてくれます。四季の移り変わりに伴って、食器の種類や彩り、服装の柄や色が変わります。そして、日本の民族衣装の使い分け、例えば夏には涼しげな甚平や浴衣を着ている人も見かけます。とても素敵です。出来れば、浴衣だけではなく、着物を着る機会がもっと増えれば良いと思います。このような季節の変化に対する心遣いを見ると、日本に住む人々の生活が、古くから自然と深く関わりあっているのがよく分かります。それは、厳しい自然に逆らうのではなく、自然を敬い、自然とともに生きてきた証なのだと思います。
  食材なども季節によって変わります、勿論、出される料理も違います。その中でも特に楽しいのは、和菓子です。季節に合わせて、色や形、味までもが違います。本当に職人が作り出す芸術品です。食べるのが惜しくなることがあります。
  その時節に一番美味しい物を食べる、それはその土地を良く知っているからこそ出来ること。食文化を通じて多くのことが分かります。日本の様に冬の厳しい国では、冬を過ごすための野菜や他の食物を保存するための技術があります。その結果として、漬物とか煮干、野菜の干した物を使う料理とかを味わうことが出来ます。
  日本の食文化をブラジルと比べてみると、二つの国にあまり共通点がないのが分かります。ブラジルでは保存のため塩や砂糖などの調味料が多く使われています。魚や肉も塩をまぶして干して保存します。そして使う前に水に浸けたりお湯をかけて塩抜きをして使います。干し肉料理は私の好物です。年中暑い北の地域では、唐辛子とかブラジル特産の油を地方の名物料理に使います。辛くて、食べ慣れない人にはあまりお勧めできませんが、美味しい料理です。それから、果物の種類の多さには驚かれると思います。ジュースやシャーベットなどで楽しむことも出来ますし、果物によっては、煮て食べるもの、ご飯と混ぜて食べるものもあります。私が食べたことのない様なものもたくさんあります。
  日本へ来てからというもの、ブラジルに対する自分の知識の無さを思い知らされました。食べ物の話をしてもどういう風に作るのか分からないものがありますし、地名を聞いてもどのような場所か分からないので説明が出来ないこともあります。ブラジルは広い国なので全部覚えるのは大変だとか言うのは簡単ですし、納得もしてもらえますが、私は自分のことが情けなくて恥ずかしいです。あまり身近にあるものには気がつかないものだ、とよく言われますが、ブラジルにいた時は余り気にならないものとか周りに普通にあるものが遠く離れた日本で改めて大切なものだと気付きました。本当に大事なものは、いつも近くにあって当たり前なもので、無くなった時に初めてそれだと気が付くのかもしれないですね。地球の反対側まで来るとやはりブラジルの青い空やどこまでも広がる大地や食べ飽きたはずの料理が恋しいです。それと同時に、ブラジルのことをもっと勉強しなくてはいけないと思いました。もしかして、ブラジルへ移民した日本人の方達もこんな気持ちで日本の文化をブラジルの人々や子孫に伝えようとしたのでしょうか。
  私が今感じ取っている日本の魅力をもうひとつお伝えしたいと思います。それは日本の方言です。残念ながら私の祖父母は方言を使わなかったので、私も教えて貰えなかったですし、日本語の学校では標準的な日本語しか習いません。ブラジルでは方言を聞く機会はあまりありませんでしたので、日本で方言を聞くとワクワクします。方言で話をしている時、人々はいつもより生き生きと自由に話をしているように見えます。ブラジルでも地方によって話し方や単語が違います。特に言葉の発音とリズムが異なり、それはその地方の生活の影響が大きく、例えば、田舎ではのんびりした口調で、サンパウロのように忙しい毎日を送っていると話し方までが慌ただしい感じです。日本の方言もその地方で暮らす人々の生活が良く表れていると思います。


おわりに

  ブラジルで守られている日本の習慣や文化から見れば、現在の日本において古き良き文化が失われつつあることを嘆かざるを得ません。日本の若い人達がどうすればこの嘆きを理解してくれるのかと考えます。しかし、日本は古い時代の良さを失っただけの国ではありません。人と自然との共生や季節の移り変わりと共にある独特の食文化など、素晴らしいものがあることを、日本に来て初めて実感することができました。それを知ることによってブラジルを新たな目で見ることもできるようになったように思いますし、国の境を超えて人々に共通するところにも気付き始めています。また、人々の価値観の変化は、日本に住む人々にとっても真剣に扱われる問題であることにも思いが及ぶようになりました。
  留学を終える頃までに私自身の日本への思いがさらにどのように変化していくのか、楽しみであり、もっと勉強を重ねたいとも思います。私が今自信をもって言えるのは、日本もブラジルもとても素敵な国だということです。そして私にとっては他に無い大切な所です。これまで以上に交流関係を深め、お互いの文化を理解し合いつつ、二つの私の故郷が仲良く平和である事を心から願っています。

 



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