友人が大学院を卒業して故郷の上海へ帰る直前に、みんなで鍋を囲みました。彼女は大学時代からずっと日本で勉強していましたので、留学生活には何の不自由も感じない、おしゃれな人間でした。帰国する前に何が一番ほしいのか、みんなは興味津々でした。聞いてみましたら、彼女は四人の真ん中を指して、「やっぱりこれを持ち帰りたいわ」と答えました。それは意外にも何年もずっと使ってきた古いこたつでした。「だってこれがないと、冬は過ごせないもん」と説明までも加えたのです。
初めはびっくりしましたが、ちょっと考えてみたら、なるほど、自分も同じじゃないかと納得できました。日本は四季の移り変わりがはっきりしていて、それぞれ連想される物があります。春と言えば、桜。夏と言えば、スイカ。秋と言えば、紅葉。冬と言えば、こたつ。テレビ、みかんとこたつは、日本の冬の三点セットだと言われているようです。冬の寒さは厳しいですが、こたつと一緒なら、室内はそんなに暖かくしなくても、小さな空間をポカポカにして、暖かさを感じさせてくれます。この日本特有のこたつは地球にも優しい省エネ設計で、まさに世界に誇れる暖房器具だと思っています。
それに対して、私の故郷は中国の北方なので、冬になると、ほとんど全部の住宅に蒸気暖房が入っていますから、室内全体は暖かくて外と比べるとまるで別の世界のようです。厳冬の朝、窓ガラスの内側に水蒸気が凝結して奇妙な花模様になっているのは北方特有の風景かもしれません。このような部屋で夜何時間も勉強したら、頭も熱くなってはたらかなくなることもよくあります。窓を少しだけ開けて、頭を夜空の下に出して、大きく口を開いて新鮮な冷たい空気を吸うと、私の吐き出した白い蒸気が毎回少なくなってしまい、最後は見えなくなりました。それはすぐに首を部屋に引っ込めなさいという合図です。何年間もの学生生活をこのように送ってきて楽しんではいますけれども、確かにちょっと不便なことだとも思っています。
こんな私にとっては、日本家屋の冬の寒さはかなり厳しいものです。住むには冬の寒さ対策が最大の問題になります。もちろん、エアコンも使えますが、いつも使いつづけると、電気代が随分かかります。それに、使っていても長く同じところに座っていると、やはり脚が冷えてきます。いろいろ観察したすえ、一番暖かくて快適なのは、こたつだと思いつきました。電気もそれほど消費しませんから、ローコスト万歳!こたつ布団を使用するので、その中は機密性が高く、足や下半身、時には全身を暖めるのに効果的です。その上、上半身はこたつ布団の外ですから、頭の方はそんなに熱くならないから、長く勉強しても大丈夫です。大丈夫というより、むしろいったん足を入れるとなかなか抜け出せなくなるほど快適ですね。伝統的な日本の住宅では、機密性の低さから、部屋全体を暖めることより、人間の身体だけを暖める方法が発達したでしょう。それに、これは質素・倹約を美徳とした日本古来の暮らしぶりと日本人のすばらしい知恵をも反映していると思います。近年、エアコンやファンヒータ、電気カーペット、床暖房など、技術の進歩による暖房用の電化製品やガス器具が多く登場しましたが、こたつは依然として根強い人気を持っているようです。また、驚いたことに、ダイニングこたつと呼ばれる、洋式の机と椅子にこたつを合体させたものも見かけました。小さな部屋で家族が体を寄せ合うこたつは、昔から日本の家庭にもっとも相応しい暖房器具だったのかも知れません。
去年の冬、ホームセンターでぶらぶらしていると、あちこちにこたつが陳列されているのに気づきました。ちょうど寒い時期なので、購入が早ければ早いほど得だと思いましたので、早速注文して、家まで届けてもらうことにしました。翌日の朝、外を見ると、大雪で天地が一色となっていましたのです。こんな天気だったら、注文したこたつがちゃんと届けられるかどうかと心配になりました。昼過ぎに私の携帯に電話がかかってきて、「お客様、大雪で渋滞ですから、今はまだ京都の四条あたりです。遅くなってもかまいませんか」と聞いていました。このような天気に別に外出はしませんから、「かまいません。運転に気をつけてくださいね。」と答えたら、相手はまた何度も「すみません」を繰り返しました。どうせ天気のせいだから、遅くなってもしかたがないし、キャンセルされても私としては言い分がありません。それに、大雪の中で運転するのは危険ですから、感謝を言うべき人は私なのに。まだ日本に来ていない時にすでに日本人のサービス精神は世界でも有数で、店の人は丁寧だと聞いたこともありました。実際日本に来て、何度も実感しましたが、今回は一番印象的で、感動させられました。夜になってやっとこたつが運ばれてきました。前に電話で会話を交わしたからか、運送会社の人と顔をあわせると、二人で思わず笑いました。
私の買ったこたつはスリムに収納できる折れ脚式です。組み立ても簡単なので、初心者の私でも一人で20分以内済みます。このこたつとは付き合いがまだ短いですが、私にとってすでに欠かせない存在です。学校から帰ると、いつもこたつに直行して、中に潜り込んで手足を温めます。寒い冬の夜、みかんを食べながらこたつでくつろぐのはホッとするひと時ですね。時には、課題に追われて、徹夜で必死に読書したこともあります。やはりだんだん眠くなって、結局こたつにもぐりこんで猫のように丸くなってぐっすり寝込んでしまいました。翌朝目が覚めると、ずっと暖めてくれていたこたつに「お疲れさま」と呟きたいぐらい感激の気持ちで胸がいっぱいになりました。ある日、テレビで『サザエさん』の面白いシーンを見ました。春になったからサザエさんがこたつ布団を片付けると、その下に本、オモチャ、眼鏡などがいっぱい隠れていることにびっくりしました。その時、私も「同感、同感」と叫びたかったです。こたつには本当に物が隠されやすいですね。ただし、私のこたつは75cm×75cmのわりと小さいやつですから、隅々まで足が届きます。見当がつがない物体にぶつかると、直ちにそれを蹴りだして正体を究明します。このように毎日巡察するから、実は私のこたつの下はきれいなほうだと自慢ができます。たまにこたつから駆逐された不審物を睨む瞬間、さすがいくら謙虚な私でもやはりこの小さな天地における君臨天下の快活さを抑えきれず、結局しばらく目を一直線に閉じたままになってしまいます。
こたつは和服、下駄、柔道のように日本独特のものだと以前思いましたが、実際に自分も使ってみると、なんとなくもともと自分の国にあったものであるかのような懐かしい感じが湧いてきました。中国も古代には椅子はありませんでしたから、ひょっとしたら私の祖先もこれと形の似ている机を使っていたのではないかと想像してみました。白衣の書生たちもそれを囲んで、天下万事、詩経楚辞を議論していたのでしょうか。確かな根拠がまだありませんが、そう思うたびに、自分も古人のごとく風雅なことをしているように錯覚して、心の中でひそかにこの喜びを味わいました。そんな時、私も立派な詩句が詠めたらいいなと思ったのですが、残念ながら陶酔に落ちているだけで、詩は一句も出てきませんでした。でも私の居場所とも言えるこたつのことになると、特別な感情が湧き上がるのは今に至っても変わりがありません。
中国で生まれ育った私は日本のこたつがこんなに好きになりました。これは意外なことだと思われる方があるかもしれませんが、私は好きになっても当然だと思います。古来、中国文化をはじめ、様々な文化が海を越えて日本に伝わってきました。それが日本人の生活に定着して、ユニークな日本文化を形成しました。こたつはそのような日本文化のほんの僅かな部分を占めているだけです。この奥深い日本文化に深く魅了されたからこそ、世界各国の留学生が日本へ集まってくるのでしょう。
日本に留学する事によって、日本文化を理解し、また愛するチャンスも得ました。それに、お互いの国の文化に溶け込み、それを尊重し合うことは21世紀の私たちにとって大切なことだということも分かりました。でも、中国では日本文化に触れるチャンスが少ないです。中日両国の間に摩擦が頻繁に起こっているのも事実です。日本への冷たい視線を変えるには、日本からの情報をできるだけ多く流してもらえるような働きかけをすることだと思います。このような交流によって誤解が解け、相互の真実の姿を理解することもできるでしょう。これは日本に留学している私の責任だと思います。
日本での学業は後二年です。やっぱり私も中国に帰るときにこたつがほしくなるでしょう。冬の午後、こたつに潜り込んで、お茶を飲んでいる私は、東の空を眺めて、忙しくて楽しい日本留学時代を追憶しながら、またひそかな笑顔で呟きます。「吾輩はこたつ猫である。寒くなると、こたつで丸くなりたい。」
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